真の自立とは?
ベビーシッター・個別訪問型保育研究家の参納(さんのう)です。
ベビーシッターは、未就学児だけではなく、小学生とも関わります。
小学生は、なんでも自分のことができて、楽でしょ。
なんて言われることがありますが、実はそうでもないのです。
精神的に発達していることもあり、未就学児とは異なる難しさがあるのです。
ですので、保育についてだけではなく、教育についても学び続けています。
先日、尾木ママの本も、何冊か読んだことがあるのですが、今回、タイトルにピンときた本を読んでみました。
「親子共依存」
尾木 直樹 著
なんとも、センセーショナルなタイトルですよね。
真の自立とは?
私は、子育て、保育など子どもと関わる人の役割は、子どもが自立できるようにすることだと思っています。
いずれ大人になって、困らないために。
ひとりの人間として自分らしく生きるために。
ですが、自立している状態って、どんな状態なのでしょうか?
尾木ママは、「自立」には、以下4つの要素があると書いています。
「精神的自立」 物事を自分自身で判断し、決断できる
「経済的自立」 仕事をして収入を得、実家を離れてひとりでも生活できる
「社会的自立」 社会の一員としての意識を持てる
「性的自立」 自分や異性の心と体をよく知り、自他の性を尊重できる
なるほど。
とってもわかりやすいですよね。
衝撃的な気づき
突然ですが、
何歳まで、異性の親とお風呂に入っていましたか?
私は、小学6年生の途中まで入っていました。
結構長いほうです。
初潮を迎えてから、なんとなく入らなくなったと思います。
最近は、中学生になっても異性の親と入るケースが多いそうです。
そして、それをおかしいこととは、思っておらず、「仲がいいんですね」と微笑ましいエピソードととらえがちだとうです。
ですが、本当にそうなのでしょうか?
ちなみに、欧米人から見たら、思春期の子どもと親が一緒にお風呂に入るのはアブノーマルだと捉えられているそうです。
実際に、アメリカでは、6歳以上の異性の子どもと入浴した親が虐待で告発されたケースもあるのだとか。
性教育が遅い日本だからかもしれませんが、
親がいつまでも「子ども」と見ている、ということなのかもしれませんね。
ですが、大人になってからも母親と入浴していた男性のエピソードなどを読むと、「卒入浴」は、大切だな、と思いました。
自分で決められない子どもへの対応
ベビーシッターとして働いている中でも、自分で決められず、なんでも親に確認する子に出会います。
精神的に自立できていない子。
最近は、携帯を持っている場合もあるので、その場ですぐ聞けちゃうんですよね。
(これが、いいのか悪いのか・・・)
ですが、携帯を持っていない場合は、自分で決めることを促すようにしています。
「どっちがいいと思う?
どっちを選んでも、さんのーさんがいい、って言ったって言っていいよ」
結局、自分で決めたことに責任を持つことが怖い、というところもあるんです。
自分で決めたことに、親が怒るのではないか、と不安でもあるようです。
ですので、まず、私が責任をとって、怒られることを予防してあげます。
その中で、選択することを練習してもらえればと思っているからです。
選択するということ
私自身、ベビーシッターとして働き始めたころから、子どもたちに
「自分で考え、選択し、行動し、責任をとれる人」
になれるような働きかけを心がけています。
失敗や辛いこと、苦しいことが全くない人生なんてありえないのです。
だったら、それをどう捉えて、前に進むか、それが大切だと思うのです。
自分で考え、選択し、行動し、責任をとる。
これができれば、どんなときも、誰かのせいにすることがありません。
自分自身の手で自分の人生を生きることができるのです。
改めて、私たち大人が子どもにできることを考えさせられました。